Q1 神は本当にいるんですか?
A1 これは基本的な一番大事な問題です。ここでいう「神」は天地の創造主である真の神という意味でなければなりません。「神なんて弱い人間の心の産物だ」という意見をよく耳にしますが、神を心の産物としている時点で内容が異なってしまっているわけです。あなたの住んでいる家を建てた人が確かにいるように、この宇宙・世界を造った神は確かにいます(聖書・ヘブル3:4)
Q2 イエス・キリストって本当にいたんですか?
A2 クリストゥス(キリスト)は弟子たちを集め、奇跡を行い(マタイ12:24)、十字架につけられて処刑されたという記述がいろいろな資料で見られます(たとえば、歴史家タキトゥスの『年代記』)。もしキリストがいないのなら、いなかったことを示す証拠を見つけなければなりません。
Q3 カトリックとプロテスタントはどこがどう違うの?
A3 カトリックはマリア崇拝や懺悔(ざんげ)による罪の赦しがありますが、これらは聖書にはかいていません。これはカトリックが聖書だけを絶対のものとせず、ローマ法王が神のようになってしまっているからです。これを改革したのがルターやカルヴァンです。
Q4 東広島めぐみ教会の宗派は?
A4 まず、大きく分けてプロテスタントに属します。そして、「聖書を私たちの生活に希望と力を与えてくださる誤りのない神の言葉と信じる、正しい聖書信仰に立った正統的プロテスタント教会」です。
Q5 東広島めぐみ教会はいつできたの?
A5 この教会は1987年に開拓伝道がはじめられました。また、日本同盟キリスト教団は1891年、日本に設立されました。
Q6 神が愛で正義なら、どうして悲惨な戦争をやめさせないのですか?
A6 人間は神によって造られましたが、動物との違いはなんでしょう。人間は動物とは違って神を賛美することができます。つまり、神は人間を他の動物とは違った位置づけをされたのです。従って、人間には自由意志が与えられました。それで自分勝手なことをしたり戦争をしたりするのです。聖書に「あなたがたは、欲しがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです」(ヤコブ4:1−2)とあります。すべては人間の自由な意志で行動はなされています。ですから、戦争を防ぐには人間の自由意志で防ごうと努めなければなりません。
Q7 祈りは呪文では?
A7 呪文とは、人間や自然の運命を支配していると考えられる何かの力を、自分の都合にあうように働かせようとするまじないや呪いの文句のことです。呪文は唱えている相手が分かりません。祈りは、反対に相手(神)に絶対の信頼を置き、必要ならば神の意志に自分のやり方を合わせることです。
Q8 劣等感に悩んでいます
A8 人と比べたときの「劣等感」は、プラスになるよりむしろ嫉妬や憎しみなどのマイナスになります。さらにその裏返しの「優越感」は、プライドが高くなり、心の成長を止めてしまうこともあります。「人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼するものは守られる(箴言29:25)」
Q9 どうしても好きになれない人がいるのですが...
A9 まず相手のどんなところが嫌なのか掘り下げてみます。その人と同じようなところが自分にあるために、自分に腹を立てている場合があります。それから相手の欠点を責めてばかりでなく、長所も探しましょう。好きになれないということで自分を責めるのではなく、自分一人の力でではなく、神の力を借りましょう。
Q10 天地創造の考えは進化論と矛盾しませんか?
A10 矛盾というと何か進化論と同じでなければならないという感じを受けますが、聖書は進化論とまったく正反対の立場なのです。なにしろ世界はすべてそれぞれ神が造ったのですから。自然発生的かつ進化的な考えはそこにはありません。神を信じる人は創造論を支持するでしょうし、そうでない人は進化論を支持するかもしれません。しかしこの問題は科学の世界のみならず、人生観にも関わってくるものとして捉える必要はあります。
|
|